'Enemies of the Golden Mean' by Barrington J. Bayley

「黄金律の敵」 バリントン J. ベイリー

 日本語訳: 高橋 誠

 協  力: 阪大SF研OB&OGメーリングリスト

 

 グルグシュの人々、何の但書きもごまかしもなく、彼らこそが実存主義哲学の

主張をとことんまで追求した者の名誉を受けるにふさわしいものだろう。この固

く結束した飽くことを知らない小さな国は、深い谷間をなす圏谷に位置して他の

世界から遮られ、長いこと歴史から消え去っているが、孤立する前にはその二つ

の特質、すなわち度を越した頑固な性格と病的なまでの形而上学へのこだわりの

ために隣りあう国々から恐れられていた。グルグシュの人々が厳格なスピット王

の許しのもとでこれらの性質をほしいままに表したのは、グルグシュの魔術師た

ちが絶頂に達した怒りにまかせて乗り越え難い山の壁を築き上げ、その奥では国

土からあらゆる外国からの影響や考えの足りない推論を排除することができるよ

うになったときのことである。

 グルグシュのもっとも偉大な思想家、アーガスは新しい思想を一番最初に言葉

にした人である。彼は、かつては自分自身の意志を持つものと考えられていた人

間というものが、実は即興的で行き当たりばったりな自然の力の操り人形にほか

ならないということを示したのだ。

 「私たちは、私たちの成り立ちに何の影響も与えることはできない。木が木で

 はありたくないなどとは願わぬように、人もまたそうなのだ。私たちの願望、

 これは無知のせいで、私たちが自分たちの自律性の本質的な表われだと思って

 いるものだが、それでさえ本当は個人の心にはかかわりのない力の偶然の働き

 で私たちに押しつけられているものである。従って私たちは、私たちの意志に

 よってではなく、私たちを造った世界の意志によって存在しているのだ。」

 「そんな否応なしの存在にとっては、死だけが唯一とり得る別の道だと思えま

 す」

 議論の中でひとつの声が答えた。

 「そうではない」

 とアーガスは返した。

 「本物の、人間の意志を作り出せる可能性は残っている。私たちはその意志を

 もって宇宙の意志に立ち向かわせることができるだろう。そうやって、そうす

 ることでのみ私たちは自分たちの意志を自分自身のものと呼ぶことができるの

 だ。」

 「しかし、どうやってそれをなしとげるのです?」

 その点においてアーガスは断定的であった。

 「宇宙の秩序、これは私たちが自然と呼ぶものだが、これは調和的均衡の原理

 に従って築かれている。私たちはそれらの原理を拒まなくてはならない。それ

 らの原理から私たち自身を解放しなくてはならない。それらと対決しなくては

 ならない。私たちは本当に、それらに対する何よりも強い敵意を育まなくては

 ならないのだ。」

 「しかしどうやればそれらの原理を見分けることができるのか、と諸君は尋ね

 ることだろう。簡単なことだ。どこであれそれらの原理が働くところでは、そ

 れらは『美』として知られる性質を呼び起こすのだ。この美という魅惑は、事

 物のあらゆる側面によこたわっている。それは私たちの疑いを取り除き、私た

 ちに魔法をかけ、実存的操り人形たる私たちをひきずり回す糸をたぐるのだ――

 それがために、私たちの最良のものでさえもが美を研究し、美を崇拝し、美に

 憧れ、そうした上で自分たちは『自由』なのだなどと空想しているのではない

 のか?」

 最後の「自由」という言葉を蔑みを込めて吐き出してから、アーガスは結論に

入った。

 「それゆえ美は、この私たちの感覚が私たちに押しつけた狡獪な暴君は私たち

 の終生の敵であり、私たちが全力を挙げて戦わなくてはならない相手なのだ。」

 このようにして、アーガスの教えから醜さの教団が生み出された。これらスピ

ット王の宮廷に遊ぶ人々は、彼らが造ったものではない世界を拒絶することを決

議した。彼らは美とそれが造り出した全てのものに背を向け、代わりに人の心が

想像し得る限り最大の醜さを育んだ。そして、美を拒むことから始まって、彼ら

は時とともに美に対して消し去ることのできない憎しみを抱くようになっていっ

た。

 この実存的奴隷状態からの脱出への探求は、科学や芸術からあらゆる喜ばしい

性質を取り除くためにそれらを改訂することへとつながった。数学の分野での取

り組みは、例えばフィボナッチ数列への憎悪をもたらした。フィボナッチ数列と

は、011235813、、で始まり、そのそれぞれの項はその前の二つの

項の和になっている数列であり、ヒマワリの種の作り出す模様や枝の上の木の葉

や花びらのの配列のように、自然の中でしばしば活用されているものである。

 さらにより強く憎まれたものは、かつては建築や芸術の中で多く用いられ、人

体の各部にも繰り返し見出され、はてはフィボナッチ数列そのものの核心にも存

在している「黄金比」だった。これはひとつの線分を、大きな部分に対する小さ

な部分の比がが全体に対する大きな部分の比と等しくなるように分割する唯一の

比である。この心惹かれる美学的な比は、全体の完璧に調和的な分割をなすこと

で美の本質そのもの、そしてその秘密を表していると言えるだろう。

それとともに、グルグシュの学者たちはたゆまず調和解析(訳注1)や色彩の理

論、音楽の理論、またリズムや韻律を用いたあらゆる作品を捜し出しては破壊し

続けた。

 これら過去の人間の努力の集大成に置き換えるため、彼らは不協和や気まぐれ、

それに不釣合以外の何ものをも表さない数学的方法を造り出すことに力を注いだ。

彼らが称賛する定理とは、それを証明するには何年もの時を退屈な計算に費やさ

ねばならず、あげくの果てにそれが難解でうさん臭い論理に基づいていることが

示されるだけといったものであった。彼らはまた、知性を苛立たたせ、激しい怒

りの中に取り残してしまうほどにでたらめであるという以外どんな原理も満たさ

ないような数列も造り出した。

 その後の全ての建築においては、それまでに知られていた建設のための原理が

死の苦しみのもとで禁止された。建築家たちは、重量とバランスの要求をほとん

ど満たさないために立てる端から崩れ落ちるような奇怪な建物を築くようになり、

その後は住人たちは新ぴかの廃虚の中に住むことを余儀なくされたのだった。

 音楽においては、彼らは神経の失調と精神錯乱をひき起こす、やすりがけの音

のような不協和音と延々と続く調子はずれのリズムからなる作品を作り出した。

 数十年が過ぎる間に、醜さの教団はその深みと激しさを増していった。グルグ

シュの小さな、閉所恐怖症を起こしそうな国土の住民たちは、人間の完全性を目

にし続けることにこれ以上耐えられなくなった。腕のいい外科医たちは人体を醜

怪に変形しおおせた。また医師たちは嫌悪を催すような皮膚病を醸し出した。動

きの不自由な手足とあわれを催す奇形は初めは流行になり、次いでは決まりとな

った。そして住民たちは彼らの用事を果たすため、飛びはねたり足をひきずった

り、あるいはがに股歩きしながら道を行くのだった。

 スピット王は直腸ガンで命を落とし、グラント王がその跡を継いだ。グラント、

豚のように喉を鳴らすという意味のあるこの言葉は、彼の名を紙に書き留めるの

にそれは具合のいいものだった。(唾を吐くという意味のあるスピットという言

葉を名に持つ先王のことを示すために、いとわしげに地面に唾を吐くことがしき

たりになっていたのとちょうど同じように、グラント王は彼の臣民たちに、痰を

ごろごろ鳴らすいびきと、もし可能ならばそれに続く耳障りでひどい臭いのする

放屁によって彼のことを述べるように求めていた。(訳注2))グラント王の宮廷

は、病んだ臭いと病んだユーモアの中で混乱していた。率直な共感の情や、誠実

さや公正さを示した宮廷人は、どんな理由があろうとも拷問から逃れることはで

きなかった。

 異常な事件が起きたのは、グラント王斃下(訳注3)の治世下で十五年が過ぎた

ときのことだった。一人の騎兵が、馬に片足をひきずらせながら王宮の廃虚へと

入ってきた。彼の軍馬は前足の片方が不自由であり、段々をひょこひょこと痛々

しく上ってくると、疲れに首をうなだれて王の前に立った。乗り手は馬から降り

ようとはせず、鞍の上で肩を落としたままだった。片方の目は頬の上を垂れ下が

り、足は切り裂かれた腱のため全く動かせなくなっていた。彼はその背後に、粗

布に包まれてまっすぐ立った人影を縄の端につないでひったてていた。

 「斃下、これに控えますは国境警備隊のスプラッドにございます。」

 「認めておるぞ、スプラッド」

グラント王は耳障りなロバのいななきのような声で答えた。王はうち壊された顔

にでたらめに並んだ目で、包み込まれた囚人を注視した。

 「何ゆえわが宮廷に参ったのか?」

 「斃下、今年の雪が春に融けた後、西の山壁に裂け目が現われ、これを魔術師

 たちが直すのに最近までかかっていたのはご存じのことかと拝察致します。そ

 の間に一団の者たちが外から通じた道を見つけ出しまして、これが警備隊に捕

 らえられました。

  彼らは三人おりました。逃げ出そうとして殺された二人の男と、生きたまま

 捕らえられた女です。彼女はあまりに異常な見た目をしておりましたので、こ

 れは斃下御自らご覧になれますよう彼女を御前へ連れてまいるに足るものと考

 えた次第にございます。」

 グラント王は宮廷吏に囚人の衣を取るよう合図した。包みは簡単に取り去られ、

その下から女性の裸身が現われた。

 彼女は背が高くすらりとしており、その尻はたっぷりとして曲線をなしていた。

彼女はボッティッチェリのビーナスのようで、夢見るような卵形の顔は愁いの気

配で片側に傾げられており、小さく完璧な乳房と流れるような亜麻色の髪を持っ

ていた。彼女は淡い青色の瞳を下に落とし、一方の膝をもう一方の後ろに軽く引

いてもの静かに立っていた。しなやかに股間に置かれた彼女の右手は恥ずかしげ

にそこを隠していたが、却ってそうすることでいや増す誘惑のほどに気がついた

かのように彼女はその手を下に落ちるにまかせ、金色の巻毛のふさ飾りを顕わに

した。

 宮廷中が彼女を長い間、食い入るように見つめており、ついにグラント王が目

をそらした。

 「この生きものが外側からやってきたというのか?」

 「左様です、斃下。」

 彼らグラント王の世代の人々は、それまでに自然に形作られた人間の大人を見

たことがなかった。その眺めは見知らぬ奇妙なものだったが、なぜか刺激的だっ

た。誰も、突然自分を悲しい気持ちが襲ってきたそのわけを自分に説明すること

ができなかった。

 「彼女は…『美しい』」

 とグラント王は言った。長く耳にされることのなかったこの恐ろしい言葉を彼

が使った時、あえぎ声の合唱が湧き起こった。

 「お前はなにゆえ我らの国へやってきたのか?」

 王は彼女に詰問した。

 彼女の話す声はやさしく訴えるようで、グルグシュで用いられる唸ったり吃っ

たりの話し方とは似ても似つかなかった。

 「私は私の夫、それに彼の弟といっしょに居を構えるための土地を探してやっ

 てまいりました。私たちはこの谷に人が住んでいるとは知らなかったのです。

 もし、本当に、あなたがたが人なのでしたら、」

 彼女はためらいがちにそう付け加えた。

 「我らは、」

 とグラント王は言った。

 「世界で唯一の本物の人間じゃ。我らの本性を我ら自身の意志で造り出してま

 いったな。他のものはみな傀儡、彼ら自身の意志を持たぬ、自然の秩序の影法

 師に過ぎぬのじゃ。」

 彼女は王の言うことが理解できなかったが、ただひとこと言った。

 「私を故郷に帰らせて下さい。」

 「他の者たちに秘密の王国があることを伝えるためにか? いや、成らぬ。」

 「斃下、誰も彼女の話を信じはしますまい。」

 警備兵のスプラッドが言った。

 「外側への通行がどうしても必要になった時のために魔術師たちが残しておい

 た高所の抜け道がまだあります。斃下がお望みならば、私がその道へ彼女を案

 内してまいりましょう。彼女は我らを裏切ることはできません。吊りかごが下

 ろされない限り、反対側からその道を見つけることはできないのですから。」

 グラント王の心に、スプラッドの言葉を認め、異邦人の願いを聞き入れたいと

いう思いが浮かんできた。ぼんやりとした正体不明の熱望が彼を襲い、彼はそれ

を打ち消そうと躍起になった。崩れ落ちた王宮の広間では、宮廷人たちが囚人を

見つめ続けながら落ちつかなげに身じろぎする音を聞きとることができた。彼ら

は最初、彼女の美しさを認識することができなかった。彼らにとって、彼女はた

だおかしなふうに形作られた人物というのに過ぎなかった。しかしだんだんと、

それまで知らなかった感覚が浸み通って来始めるとともにその目は曲線と色の謀

りごとに惑わされ、そして彼らは自分たちが美しさと誘惑に満ちた魅惑的な姿と

向かい合っていることに気がつくのだった。

 突然、宮廷哲学者のワスが飛び出してきた。長く尾を引く鼻水が彼の口とあご

からたれ下がっていた。彼の首はへし折られており、そのためその頭は傾きねじ

れていた。そして彼の主君をじっと見上げるワスはいかにも手強げであった。

 「彼女を行かせてしまわれるので?」

 彼は意地の悪そうながらがら声で難詰した。

 「あなた様は彼女が我らの国に『美しさ』の――

 彼は「美しさ」という言葉を吐き捨てるように口に出した。

 「――種をまくのをお許しになられるのか? 彼女の形の完璧さがあなた様のお

 目には入りませぬのか? 彼女は我らを世界中でたったひとつの自己意志(訳

 注4)の包領を滅ぼしにやってきたのですぞ!」

 彼は、彼の弟子たちに呼びかけながら体を回した。

 「禁断の道具をこれへ!」

 グラント王は心の中で論点を整理した。あの娘はグルグシュの臣民ではなく、

グルグシュのどんな法も侵してはいないということ。彼女は欠陥のある山壁を造

った魔術師たちの怠慢のせいでここにいるのだということ。彼女は醜さの教団に

従うものではなく、従って彼女の美しさについて責任を問うことはできないとい

うこと。

 そこで彼は考えを止め、自分がそんなにも公正な心であり得たことを恥じた。

 その間に、宮殿の下の固く閉じられた地下倉庫に長い間押し込められていた、

時代物の測定器具の最後に残ったひと揃えが闇の中から解き放たれて来た。助手

たちに助けられて、ワスは身をすくめた娘を押したりつついたりしながら巻尺や

分度器(訳注5)をあてがい、色あせた数表を牽き、そうして作業している間ずっ

とぶつぶつと独り言をつぶやき続けていた。

 ワスの厳格さのほどを称賛しながらも、彼が王に何を勧めるであろうか悟った

スプラッドは再び話を始めた。

 「斃下、もしこの女を彼女の母国に戻すことがかなわぬのでしたら、彼女に哲

 学の恵みを与えてやってはいかがでしょう。彼女の骨を砕き、体をねじ曲げま

 しょう。顔もめちゃくちゃにするのです。汚物が彼女の肛門から締まりなくこ

 ぼれ足を滴り落ちて彼女を包む心地よい香りを覆い隠してしまうように、彼女

 の腸の筋肉を切り裂きましょう。その香りこそ、私が彼女を拘引していた間中

 私が耐え忍ばなくてはなかったものなのです。彼女に我らのひとり、自らを造

 り出す存在となることをお許しいただけますよう」

 おびえ果て、そしてほとんど何も理解できない娘は打ちひしがれていた。ワス

は国境警備兵に反撃した。

 「なに、それではお前は彼女を助けてやりたいのだな。あわれみの心がお前を

 動かしているということはないのかな?」

 ワスはよだれをたらし始め、しゃべりながらつばきを飛ばした。

 「そうだなあ、スプラッド、お前はそもそも何者だ? ええ? お前は他のわし

 らといっしょにここ、この谷の底で暮らしているのではない。お前は、そこで

 は人の姿を見ることも少なく、道を踏み外した考えに思いを巡らすこともでき

 る山の高みで暮らしているのだ。お前は――

 彼は再び言葉を吐き捨てた――

 「『自然』に囲まれて生きているのだ。疑いもなく喜ばしく、気持ちをすがす

 がしくする白い雪や冷たい空気のある山の頂きでな。お前は日の出や日没が空

 から色彩溢れる光の奔流を送ってくるのも目にしている。ひょっとしてお前は、

 それら全ての美しさから感銘を受けているということはないのかな?」

 「そうです、」

 スプラッドは穏やかに答えた。

 「私は日の出や日没を見ておりますし、それが美しいということも知っており

 ます。そしてそれらの美しさを目にするたびごとに、私は侮蔑の式文を暗唱す

 るのです。」

 「なんと、なんと。」

 ワスは今や測定を終えていた。彼は報告のためにグラント王へと向き直ったが、

その声は宮廷全体に呼びかけるためにはりあげられた。

 「斃下、私が何を申し上げるべきか、もはや少しの疑いもございません。それ

 は彼女のあらゆるところに見出されました。彼女の四肢に、手先足先に、胴体

 に、その顔に、次から次からその全ての特徴において、彼女は黄金比を満たし

 ておりました!」

 グラントは、もはや彼の隠された望みを事態に反映させてやることも、おもて

に表わすこともかなわないことを悟った。一時の沈黙がワスの言葉に続き、そし

て叫び声が上がった。

 「黄金律に死を!」

 娘は困惑してあたりを見回し、腕をばたばたと振り回し、恐慌に陥りながらス

プラッドの方を振り向いて彼の助けを求めた。彼もまた、もはやできることは何

もないのを悟っていた。彼は馬を回し、足をひきずる馬を王宮の広間から送り出

し、崩れ落ちた石組みの周囲を巡って、以前のようにまた山の斜面を警備するた

めに帰って行った。

 ワスは人混みをかきわけ進み出て、グラント王に小さな声で語りかけた。

 「斃下、もし我らがこの瞬間に歩みを止めてしまったら、我らが二世代にわた

 ってそのために戦い続けてきたもの全てが一掃されてしまうことでしょう。こ

 の者をわれらの中から追いやるだけでは十分ではないのです。彼女の姿を損な

 ってもまだ十分ではありません。なぜなら、彼女を見た者はみな、彼女の新し

 い形と、彼らが今日見たものとを較べてしまうことでしょうから。彼女は自然

 の力をまとった武器であり、その狙いは我らの使命の成功を阻むべくまっすぐ

 定められているのです。あなた様は、彼女があなた様の感情につきつける要求

 をご自身でお感じにはなれますまいか? 実にそれは我ら全ての中にあるのであ

 り、つまり最も激しい憎しみをもってするほか、我らは美しさの絶え間ない侵

 略に対して守りを固め続けることなどできはしないというのが真実なのです。」

 「その通りじゃ!」

 とグラント王は叫んだ。

 「我らが意志を行なわしめよ!」

 日が沈み、月が昇ってしなびた木々と何エーカーもの廃虚からなるちっぽけな

風景に生気のない輝きを投げかけた。そして、かくのごとくそれは行なわれた。

たくさんの責め苦の後、苦悶に千もの悲鳴が上がったその後で、ついに娘は生き

ながら焼かれた。そうできた者は皆、自分の体にこすりつけるためにひと握りの

熱い灰をすくい取ったが、グラント王はただぼんやりと彼の玉座に腰を下ろして

いた。

 全てが終わり、火の勢いも衰えたころワスは再び彼の主君のそばへ近付いて行

った。

 「これがただひとつの術なのです。創造の仕組みに抗う、ただひとつの方法な

 のです。」

 「そうじゃ、」

 とグラント王は言った。

 「醜さは存在の自然な秩序から逃れるためのただひとつの道じゃ。そして我ら

 は自然の秩序から逃れねば、我ら自身の邪悪をもってその中から我らを消し去

 らねばならぬのじゃ。」

<終>

 

訳注1 フーリエ解析のことです。

訳注2 spit: 唾を吐く grunt: ぶうぶういう、不平を言う。スピット王は正確に

    は「Spitt」です。

訳注3 ghastliness(死んだような状態、恐ろしい状態、青ざめた状態)を his

    majesty(陛下) のように his ghastliness と使っているのを訳すのに言

    葉を作りました。

訳注4 self-will 普通は「強情」という意味なので、そのままにしといても面白

    いかなとも思ったのですが。

訳注5 gnomon 本当は分度器ではありません。日時計、もしくは平行四辺形に

  関連した数学用語の意味しか出てこないんですが。

 

copyright 1998, Barrington J. Bayley

Translated by Takahashi Makoto, 2001

comments?
please include your email and name for a response.



[home]